油掛地蔵 (太子道シリーズ)
郡山から大和川を渡り川西町へ
川を渡るとすぐに、油掛地蔵が田んぼの真ん中にポツンとあります。
この景色がとてもお気に入り。(添付しておきます)
所在地は、磯城郡川西町大字吐田
現地説明板から
油掛地蔵
聖徳太子の通学路(筋違い道)添いの西向きのお堂に安置されてる
この油掛地蔵は、大永三年(1523年)に造立されています。
舟型光背のある、高さ約61センチ(台座とも)の地蔵立像ですが
泥田の中にうずもれていたのを引き上げて、ここにお祭りして
あります。 クサができている子の母親が、この地蔵さんにお祈り
して油を掛けていると、クサが治ったと言われており願を掛ける
日には油を掛ける習わし(燃灯供養)があることと、当時から
この付近に水害が多いため、油を掛けて水を弾くようにと言うこと
から「油掛地蔵」と言われています。
1993(平成五年)4月 川西町教育委員会
川を渡るとすぐに、油掛地蔵が田んぼの真ん中にポツンとあります。
この景色がとてもお気に入り。(添付しておきます)
所在地は、磯城郡川西町大字吐田
現地説明板から
油掛地蔵
聖徳太子の通学路(筋違い道)添いの西向きのお堂に安置されてる
この油掛地蔵は、大永三年(1523年)に造立されています。
舟型光背のある、高さ約61センチ(台座とも)の地蔵立像ですが
泥田の中にうずもれていたのを引き上げて、ここにお祭りして
あります。 クサができている子の母親が、この地蔵さんにお祈り
して油を掛けていると、クサが治ったと言われており願を掛ける
日には油を掛ける習わし(燃灯供養)があることと、当時から
この付近に水害が多いため、油を掛けて水を弾くようにと言うこと
から「油掛地蔵」と言われています。
1993(平成五年)4月 川西町教育委員会