賀名生(あのう)梅林

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 はじめて行ってきました、五條市にある賀名生梅林。。。

 なんで賀名生が『あのう』なんて疑問をもつ方も多いですよね。

 やはり名前の由来があるんですよね。


 
 昔この地は、「穴生(あなふ)」と呼ばれていたそうですが、後村上天皇南朝が正統てありたいと

「叶名生(かなう)」と名付けられたそうです。正平6年(1351年)10月に足利氏が南朝に帰順

し、多くの公卿や殿上人が賀名生に参候して北朝が否定されましたので、翌正平7年の正月、後村上天皇

は「願いが叶って目出度い」との思し召しから「賀名生」と改める勅書を下されたと伝えられています。

当時は「かなう」と呼ばれていましたが、明治の初めになって呼び方を「あのう」に統一したそうです。               
                                   【五條市HPより抜粋】

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 北曽木の丘陵を麓から中腹までおおいつくすように2万本の梅が続きます。

 2月下旬から3月下旬、さながら雲海のように梅の花がほころび、ほのかな香りが、山々を伝うように

漂ってきます。純白や淡い紅色の梅の花は早春の陽光を浴びて、爽やかで壮観な風景を展開させます。

南朝の悲しい史話を帯びて、雅やかな梅の花の色合いは、丹生川の支流に南朝のロマンを映しているよう

です。

 700年前の南北朝時代に都を追われた公家たちによって賀名生の梅の花が歌に詠まれているところか

らも、既にこの地の梅が香り高く咲き誇っていたことが分かります。さらに明治10年頃から果実の収穫

を目的として栽培され始め、大正12年東宮殿下の御成婚を記念して5千本の苗が植えられ、その後大き

く増殖されて、賀名生の梅林として知られるようになりました。

                                    【五條市HPより抜粋】

 4分咲き程度の開花でしたが、梅林一帯は梅の香りがほのかに感じ『春』を感じる事ができました。
まだまだ梅見に訪れる方も少なく、車で梅林に入ることができ、『一目千本』『見返り千本』『東雲
千本』『奥の千本』『西の千本』『振返り千本』『口の千本』の見どころをすべて見ることができました。

 まぁ賀名生梅林はなんと言っても、県内一の梅の本数(20000本)と梅林の広さが売り?
シーズンには国道沿いの駐車場に停めて、一日ゆっくりとハイキング気分で梅見を楽しむのがよさそ
うな梅林ですね。見頃は3月中旬頃。是非、シーズンにはもう一度いってみたいですね。





■撮影日  2009年2月26日(木)
■所在地  五條市西吉野町
■機材   EOS-40D EF-S 17-85mm F4-5.6 IS USM / EF 70-200mm F4L IS USM