若草山 山焼き2010

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 【若草山】

 全山芝生で覆われたなだらかな山(342m)
 なだらかな円い丘が3つ重なっている様子から、別名を三笠山とも呼ばれています。

 【若草山焼きの起源】

 若草山は九折山と呼ばれており、三重目の頂上は前方後円の巨大な鶯塚古墳です。江戸末期頃
まで、この鶯塚はウシ墓と呼ばれ、ここから出る幽霊が人々をこわがらせるという迷信が長く続
いていたらしく、しかもこの山を翌1月頃までに焼かねば、翌年に何か不祥事件が起こるといっ
たことで、通行する人が放火し東大寺境内内の方に火が迫る事件が再三起こりました。
 元文三年(1738)12月に、奈良奉行所は九折山に放火停止の立札を、山の枯れ草が青芝
になる正月から三月まで立てましたが、しかし、その後も放火事件が起こり、結局その犯人は検
挙されぬまま、誰が焼くともなく焼かれるようになりました。
 それは山上古墳の鶯陵に葬る霊魂を鎮めるそまびとの祭礼ともいうべきもので、供養の為でも
ありました。

 【若草山焼きのあれこれ話】

◆山焼きは社寺の境界争いの為と一部伝わっていますが「俗説」です。
◆以前は、成人式の日であった1月15日に行われていましたが、平成21年から1月の第四土
 曜日に開催しています。
◆山焼き行事の日は、若草山入山料は無料です。 ただし山頂へは登れません。
◆以前は、大とんども山焼き行事で行われていましたが、現在は「飛火野」で春日の大とんど祭
 典が開催されています。

                    【若草山焼き公式ガイドブック2010より転写】
 

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 若草山の麓にある野上神社。
 午後5時半頃、ここで山焼き行事の無事を祈願します。 とりあえず誰もいないときに
パチリ! 

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 水谷橋付近で春日大社の聖火を松明に点火したのち、金峯山寺の山伏による法螺衆に先導され
若草山焼きに関係のあった奈良奉行所の役人を加え、総勢約30名が厳粛な時代行列のもと、
ここ野上神社に入場します。
 
 聖火行列が野上神社のかがり火に点火。先ずは、春日大社の山焼き行事の祈願する祭礼。続い
て、その法楽として東大寺興福寺も読経中、かがり火から松明に火を移します。

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 山麓に置かれた大かがり火に点火。

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 今年は平城1300年に当たる年。 いつもと違う迫力ある花火が舞い上がります。

 野上神社で脱出しこねたのが尾を引き、花火の場所が確定できずこんなんになりましたー

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 花火もだけど、山焼きも大失敗!  あー熱が出る~

 今年は雨も少なかったお陰で、燃える燃える。  あっという間に燃え広がりました。

 私は早々に退散することに。。。。。





撮影日  2010年1月23日(土) 16時50分聖火行列出発 
所在地  奈良市 若草山山麓
機材   EOS-40D EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM / EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM
     デジタルⅩ EF70-200mm F4L IS USM