大和海軍航空隊 大和基地(柳本飛行場)跡

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 空港探索さんのブログで調べて、第二次世界大戦終戦まじかに造られた柳本空港を見に行って

きました。 この地図。。。すごくわかりやすいので転載させていただきました。<m(__)m>

 空港探索さんのブログ ⇒ http://airfield-search2.blog.so-net.ne.jp/


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 地図上にあるA地点。  掩体壕がここにあったらしく、おそらくこのコンクリート片が掩体壕

基礎じゃないかな。。。


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 道路から見るとこんな感じ。


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 唯一?柳本飛行場のことを書かれた案内板。

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 B地点。 滑走路の南端になります。

 ここから北へ1500m北へ伸びていたらしく、幅は約100mあったそうです。

 空港は未完成状態であり、実際造られたのはこの一本のみ。

 この滑走路も、幅100mの内中央の50mのみがコンクリートで固められていたようです。

 ちょうどこの道路が、その滑走路の上を走っています。


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 滑走路から龍王山を望む景観。

 この地に、大和海軍航空隊の大和基地があったんですね。


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 わかりづらいですが、この道路の下には当時の滑走路がそのまま残っているそうです。

 道路の隅には、至る所に当時の滑走路もコンクリート片が。。。。。


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 C地点。 通信所が設けられた可能性が高い防空壕

 厚さ20cmのコンクリートで覆われた防空壕です。 当時も土に覆われカモフラージュされて

いたようです。


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 西側の出入り口。


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 奥にも防空壕が見えます。  あの防空壕がD地点です。


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 唯一入ることのできた出入口。


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 防空壕の出入り口はすべてYの字になっています。 向こう側も出入り口。


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 この中に縦に3つ部屋があるそうです。

 私は怖がりなので、ここまでが精一杯(-_-;)


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 こちらはD地点の防空壕

 こちらの防空壕は、農機具などで入ることはできませんでした。

 奥に見えるのは、C地点にある防空壕


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 こちらの防空壕は、土を半分剥がされた状態です。

 お陰で防空壕の形がよくわかります。

 また、コンクリートの質が悪いのもよくわかりますね。


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 どちらの防空壕にも、このような換気口が設けられていました。


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 たまたまツアー?の方達と遭遇。

 解説されていた方は、人間魚雷に乗る予定が人間魚雷が無くこちらへ移動してきた方のようで

あった。 そう、ここは海軍の大本営をここに移転するとともに、特攻隊の出撃基地にもなっていた

ようです。 実際ここから特攻に出られた機体はなかったようだが、迎撃のための出撃は一度あった

ようで、3機帰らなかったようなことを言ってられたような。。。。


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 D地点の出入り口のひとつはこんな感じ。




 次は、唐子遺跡にあった高射砲跡地。

 空港建設にあたって、移転された白堤神社の跡地と移転先の白堤神社。

 おそらく建設の物資を運んだ柳本駅を掲載します。






■撮影日  2012年5月31日(木)
■所在地  天理市柳本町・西長柄町